なんて記事があったので、読んでみると…
上・中・下流の降水量、河川水位、ダムの放流量を見る限り、放流量を適正に管理していれば、堤防決壊は起きなかったとしか思えない。残されたそれらのデータを精密に分析すれば、起きた事象を正確に把握できるはずだ。と書いてあって、初見の感想としては「あぁ、いつものね」という もの。
そして、ダムの放流量を抑えていれば、河川水位の上昇をどれだけ抑えられたか、さらに、ダムの貯水量を事前に減らしていれば、河川水位の上昇をさらに抑えられたことを、確度高く予測できるはずだ。
大雨が降って河川がはん濫すると、どこかしらで声があがりこの手の記事がどこかしらに載る。
いつもの事です。書いてある内容も大抵似たようなものだったりします。
門外漢でありながら、思い切った仮説を提示した。河川の専門家の方に、上記の分析をした上での見解を伺いたい。と書いてありますが、僕はちょっと人より洪水調節に詳しいだけの一般人ですので、細かい数字の計算や最適な操作の提案はしません。素人や門外の方が思いつくレベルの話は、すでにダム管理者や河川の専門家によって検討しつくされているからです。
ここで書くのは、僕のような素人でも計算出来る範囲でのお話です。
【沿線革命060】鬼怒川の堤防決壊は、上流ダムを適正に管理していれば起きなかった!?
こちらの記事の問題点は洪水調節を結果論で語っている点に尽きます。
結果から最適な洪水調節を導きだしても、実際に大雨が降っているダムの現場で、その操作を行う判断が出来なければあまり意味はありません。
今回の大雨の特徴は?
今回の大雨は台風によるものでした。
台風による雨というのは、雨が止むタイミングが分かりやすい事が特徴です。「台風一過」なんて言ったりしますが、台風が過ぎ去った後にスッキリした青空が広がる光景を目にした事がある人は多いのではないでしょうか?
しかし、今回の台風は一味違いました。
台風は9日12時には温帯低気圧に変わりましたが、レーダーを見ての通り、バックビルディング現象のような形で線状降水帯が発生し、いつ雨が止むのか予測が困難な降り方へ変わっていったのです。
放流量は何時間くらい減らせば良いのか?
4つのダムから堤防が決壊した箇所までは約120kmである。流速が3m/秒強≒12km/時とすると10時間程度で達する。9日9時にダムで放流された水は19時頃に決壊した堤防に達し、付近の水位の変化データと合致する。こちらの数字をそのまま利用させてもらうと…
鬼怒川堤防決壊が10日12:50ですので、10日 2時~3時頃に放流した水が決壊時に到達しているという事になります。
では、堤防が決壊するその前後だけ放流量を絞れば良かったのか?というと、それは違います。
堤防決壊のメカニズム(http://www.bousai.go.jp/kaigirep/chuobou/senmon/daikibosuigai/pdf/090123_sanko_2.pdf) |
堤防決壊の原因は上の図のように3つに大別出来ます。
これらはどれも河川水位が長時間高い状況が続いて、堤防へのダメージが蓄積される事で起こる事です。ですから、10日 2時~3時前後の放流量を絞るだけでは足りません。
鬼怒川洪水予報警報発表概要 鬼怒川川島地点 http://www.ktr.mlit.go.jp/bousai/bousai00000091.html より |
最低でも、はん濫危険水位を下回るように放流量を減らす必要があるでしょう。
上のグラフで見ると10日0時頃~10日22時頃までが該当します。
上のグラフで見ると10日0時頃~10日22時頃までが該当します。
実に22時間以上も放流量を絞る操作を行い、追加で貯留する必要があります。
追加で貯留する事は出来るのか?
豪雨がいつまで継続するかは正確に予測できないので、放流を抑えて貯水し過ぎると、貯水容量に達した時点で一気に放流することとなり、下流でさらに大きな水害を起こすこととなるが、今回の結果を見ると放流し過ぎだったように見える。書かれている通り、豪雨がいつまで継続するかは正確に予測出来ないため放流量を抑えて貯水しすぎると貯水容量に達した時点で一気に放流することとなり(「一気に放流する」という表現は誤解を生む表現ではあるがあえて引用する)、下流でさらに大きな水害を起こす事になりかねない。
台風第17 号及び第18 号の出水における治水事業の効果について(第1報)http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000631968.pdf より |
通常の操作を行い治水容量1億2530万㎥のうち約1億㎥の雨水をダムで貯留したわけですが、総雨量が予測出来ない状況でさらに22時間分も追加で貯留するなんて出来るとは思えません。
(4ダム合計の残り容量を全部使ったとして、(1億2530万㎥-1億㎥)÷22時間≒秒間117㎥しか追加で貯められません。たった秒間117㎥では河川水位の低下はごくごく僅かです。)
追加で事前放流は出来なかったのか?
また、「50年に一度」と言われる豪雨が予測される中、貯水量を事前に減らしておけなかったのだろうか。五十里ダムは貯水量を事前に夏季制限水位の半分程度まで減らしていたのに対し、他の3ダムは夏季制限水位を若干下回る程度にしていた。こちらについても、「50年に一度」と言われる豪雨が予測されたのはいつ頃からでしたか?
平成27年 台風第18号に関する情報 第2号 http://www.jma.go.jp/jp/kishojoho/000_00_662_20150907073102.html より |
9月7日の16:30の時点では雨量予測の数字は出ていません。
平成27年 台風第18号に関する関東甲信越地方気象情報 第5号 http://www.jma.go.jp/jp/kishojoho/000_00_662_20150908074917.html より |
9月9日6時の川治ダム地点での雨量は累計約60ミリの雨が降っていましたから、雨が多い所になったとして10日6時までの雨量で予測は310ミリ程度です。
少なくともこの時点では「50年に一度の豪雨」なんて言われていませんでした。そういう報道を見かけたのはもっと後の9日の午後だった覚えがあります。(誰かソースをお持ちではないですか?)
雨が強くなって洪水調節を開始したのは川治ダムで9日12:40、五十里ダムで9日20:05です。
9日6時の時点での雨量予測は上記の通りですから、制限水位を下回っていればまず問題無いでしょう。
気象庁が「過去に経験のない大量の雨」と言うほどの大雨が降ると予測されているなら、貯水量を事前に減らしても、その後に渇水で困ることはなかったはずではないだろうか。
大雨を待ち受ける水位である「制限水位」よりさらに放流を行い、水位を下げる事は大きなリスクである事は記事の中でも書かれています。
「50年に一度の豪雨」の予測からさらに水位を落とす?そんな時間はあったでしょうか?
僕には時間の余裕があるとは思えません。
洪水調節を検証する上でとても大事な事
今回の鬼怒川4ダムは、予め決められている操作規則に則った洪水調節(本則操作)をしています。
実際に大雨が降っているダムの現場で、
その瞬間に、最適な操作を行うには
「その操作が最適であるという根拠」が必要です。
これまで雨量予測は難しいという事を書いてきましたが、
果たして当時の現場でそんな根拠が得られたでしょうか?
結果論で語るのは簡単ですが、
洪水調節はそれだけで語れるものではありません。
最後に
だいたいこの手の話は結果論で話してるケースが殆どです。そんな事をもう何十年もやっています。思い切った仮説でも何でもなく「よく見るいつものやつ」という認識でしかありません。
ダムの職員の方々は洪水調節のプロフェッショナルでありダムの事も、河川の事も、その地域の気象特性の事も、よく知っています。それに加えて、防災や河川工学や水文学等の専門家達も加わり、洪水調節についてはこれまで蓄積されたデータを元に、日々研究が続けられている分野でもあります。
正直、素人があーだこーだ言う隙は殆どありません。いや、学問っていうのはそういうものだとは思いますが。
ダム職員と河川の専門家の皆様には今後も日々研究を重ね、最適な操作を追求して頂きたいです。
※間違い等ありましたら、コメントやTwitter・Facebook等でご指摘頂ければ幸いです。